
「天球、彗星は夜を跨いで」は、タイトルに夜と彗星が入っていて、読みながら夜景が頭に広がる曲だと思う。彗星は星街すいせいのモチーフでもあるからか、曲名の時点で「記念だから明るい一曲だけ」という感じではなさそう、という空気も伝わってくる。
この記事はメモに近い形で、聴いていて感じたことを飾りすぎずに整理したものです(できるだけ分かりやすい言葉で書くつもり)。
※歌詞の全文は、公式の音楽配信サービスやYouTube公式動画でご確認ください(本記事は長文引用しません)。
基本情報
表で見るクレジットと「いつもの話」
クレジットや楽曲の位置づけは、まずYouTube公式MVの概要欄・ホロライブ公式の楽曲ページを優先します。
デジタルシングルとしての「配信開始日」は、ディスコグラフィ整理によって 「駆けろ / 天球、彗星は夜を跨いで」として2021年7月9日 と記載されることがあります(※楽曲本体のMV公開時期とは別枠の話)。
| 区分 | 項目 | 内容 |
|---|---|---|
| 楽曲 | タイトル | 天球、彗星は夜を跨いで |
| 楽曲 | アーティスト | 星街すいせい |
| 楽曲 | 位置づけ | 活動一周年記念の2ndオリジナルソング(公式MVの説明表記ベース) |
| 楽曲 | 作詞 | キタニタツヤさん |
| 楽曲 | 作曲・編曲 | キタニタツヤさん |
| 楽曲 | 収録(例) | 1stアルバム『Still Still Stellar』(2021年9月29日発売/ホロライブ公式ページ表記) |
公式リンク(迷ったらここ)
- 駆けろ/天球、彗星は夜を跨いで | 音楽 | hololive(ホロライブ)公式サイト
- 天球、彗星は夜を跨いで / 星街すいせい(official) - YouTube
- Still Still Stellar | 音楽 | hololive(ホロライブ)公式サイト
一周年なのに「祝いだけ」じゃない/キタニタツヤさんの刺さり方
一周年の節目に、お祝いムード一首で終わらせず、夜と距離と痛みまで抱えた曲を置いたのが、私にはすごく「星街すいせいというアーティストの選曲」に見える。
制作面は、作詞・作編曲が キタニタツヤさん。感情の奥を抉る鋭さがあるタイプが多くて
(例として『正しくなれない』や『青のすみか』など、各人の入り口は別々でOK)、この曲もその系譜に乗っていると感じる。
「記念だから明るく」みたいな安全策を選ばなかったことが、すいちゃん側のスタンスとしても説得力がある。
歌詞を読み解く(比喩・問い・言えなかったこと)
冒頭の「鋲」と白い息で、空気がもう違う
最初の方で、夜景みたいな「灯り」と、夜空の星を 鋲(びょう) に喩える発想がすごく印象に残る。
綺麗さだけじゃなくて、打ち込み・固定みたいな痛みのニュアンスまで同居させていて、この曲が甘く終わらないことを最初から教えてくれる。
続いて冬の夜の白い息が出てくるあたりも、消えゆくものとしての儚さと、「消えてしまいたい」側の感情が重なる読みができる。
冒頭で主人公が追い詰められていることだけは、もう伝わってくる。
「青色」で塗り潰すのは、優しさだけじゃ済まない
この曲のキーワードのひとつが「青」。サビ周辺で、不安や苦痛を「自分の青色で塗り潰す」みたいな動きが出てくるのが、私は大好きで。
「青」は悲しみのイメージにもつながるけど、ここでは単なる色の話じゃなくて、
相手の痛みを自分側の感情で上書きしていくような、強引な優しさとして機能している。
よく考えると健全だけじゃなくて、自己犠牲にも見える。だからリアルで、だから刺さる。
「誰の悲しみ」と、「いつかまた会える」を言えなかったら
サビで繰り返される「誰の悲しみ」は、最初「誰?」ってなるタイプのフレーズ。
夜空に降ってくるもの=星や流星のモチーフと重ねると、光の背後に誰かの悲しみや燃え尽きがある、みたいな読みができる。
「僕の」「君の」に固定しないで 「誰の」 にしておくのが絶妙で、聴く側が自分の語りに寄せられる余白が残る。
そのうえで「いつかまた会える」みたいな慰めの定型句を、言えなかったあたりが地獄。
理由は曲が断定しないからこそ重い。
「言えなかった」が宙ぶらりんのまま残って、その後の全体の不安定さを支えている感じがする。
サビ〜後半で効く「彗星」とタイトルの「天球」
「彗星が僕を選ぶ」〜空を渡すところでやられる
私はこのへんが一番好きで、一番泣ける。
彗星はすいちゃんのモチーフだから、ここはそのまま アイドルとしての運命と輝きの捧げものとして読める。
しかも「自分が選んだ」より先に 「選ばれた」 側の言い方が混ざるのがいい。
後から先がわからない不確かさの中で、それでも空ごと渡す、という覚悟が凶暴に響く。
ラストの「行方を探してた」は、「言えなかった」の反対側
最後の締めが、前半の「言えなかった」と対になる。言葉にできなかった分を、探し続ける行為で埋めていく、みたいな構造に見える。
ファン目線で言うなら(※感想)、ライブで客席を見渡す時間みたいなイメージも重ねられるけど、それはあくまで感想。
タイトルの「天球」が抱える距離(※語感メモ)
天文学でいう「天球」は、ざっくり言うと 頭上の星空全体を包む想像上の球みたいなイメージで捉えることが多い。
歌の後半で、広い球体の中なら距離が離れていても同じ空の下だ、みたいな筋が出てくるのが、VTuberとリスナーの関係のメタファーとしても強すぎる。
一周年のタイミングでこの語をタイトルに据えたのは、意図が読める。
収録版とFAQ
アルバム『Still Still Stellar』では3曲目
1stアルバム『Still Still Stellar』では、公式の収録内容として 3曲目に「天球、彗星は夜を跨いで」 が並ぶ。
原曲MVとアルバム版の聴き比べ
原曲MVの静かな痛みが、バンド寄りの厚みで押し出されるタイプの音像にも聴こえることがあって、同じ歌詞でも抱え方が変わる。
配信サービスによってはサブタイトル付きで別マスター扱いになることもあるので、聴き比べはそこも含めて楽しい。
よくある質問(ざっくり3つ)
クレジットは?
作詞・作曲・編曲がキタニタツヤさん、という整理が一般的です(YouTube公式MVの概要欄等)。
どこで聴ける/配信の話は?
入口は公式MVとホロライブの楽曲ページが確実。
デジタル配信の履歴は「駆けろ」とのセットリリースとして語られることがあります。
アルバム版とMV版、解釈の正解は?
音像と編成の印象が変わり、同じ歌詞でも感情のスケールが違って聴こえることが多いです(感想)。
この記事も含め、歌詞の読みは正解一個じゃなくてよい派です。
まとめ
「天球、彗星は夜を跨いで」は、一周年という節目に、キラキラだけで締めないという宣言みたいな曲だと思う。
キタニタツヤさんが書いたのに、星街すいせいのモチーフと歌い口が合わさったときに「本人の内側から出たよう」に聴こえるのが、この曲の最大の怖さと最大の魅力。
夜に一人で、ヘッドホンで聴くのが一番タチが悪い(褒めてる)。